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【70年代洋楽】は名曲ぞろい。ラジオでリクエストが多かったヒット曲。

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J-popが隆盛を極める前の70年代。ラジオのリクエスト上位にはズラリと洋楽が並んでいました。サイモン&ガーファンクル、ブロンディ、ミッシェルポルナレフ、カーペンターズ、数え上げればきりがないほどのアーティストの曲が、毎日AMやFM放送で流れ、レコード店にはラジオで流れた曲を探しに来た人々で賑わっていました。

◯実は洋楽はアメリカやイギリスでヒットしたものと日本でヒットしたものはかなり違うのです。
 今回紹介した曲の中には日本でだけシングルカットされたものもあります。
 様々なサイトで、プロの方が70年代の洋楽を紹介されていますが、当時リスナーとして
 オールナイトニッポンやヤンリクを聞いていた者には選曲に違和感があります。
 そこで、ここではあくまで当時日本で人気の高かった洋楽をまとめています。
 なぜあの曲が抜けている? と思われる方もおられるとは思いますがそこはご容赦下さい。
 あの頃ラジオに耳を傾けていた方、まだ生まれていなかった方も、楽しんでいってくださいね。

◯なお70年代に生きていた若者達が夢中になって読んでいた星新一と現在のショートショートを紹介した「まとめ」もありますので、そちらもぜひ御覧ください。
http://matome.naver.jp/odai/2146877836324449301

#ルー・クリスティ 「魔法」 1969年

ルークリスティは1943年生まれのアメリカ人歌手。美しいファルセットが特徴です。

ところで、70年代の曲を紹介しているのに何故1969年の曲が入ってるんだろう? と思われるかもしれませんが、この曲が日本でリリースされたのが1970年10月。その年の暮れあたりから71年にかけて大ヒットとなったのです。

#ザ・ショッキングブルー 「ヴィーナス」  1969年

ショッキングブルーはオランダのロックグループ。この頃は、アメリカやイギリスだけでなくオランダやドイツ、そしてイスラエルからもどんどんヒット曲が日本に入ってきていました。

 最近ようにオリコン上位に入る外国の曲はKpopだけというのとは違い、国際色豊かな時代だったといえましょう。

 この曲も厳密に言うと、1969年にリリースされた曲ですが、日本でブレークしたのは1970年の春頃から。オリコン洋楽チャートで70年3月9日付から連続して12週間、1位を獲得しました。

#ミッシェル・ポルナレフ 「シェリーに口づけ」 1969年

ミッシェル・ポルナレフはフランス人歌手。

 この曲の原題が「Tout, tout pour ma chérie」であることから、1969年に日本でもCBSソニーから直訳したタイトル「可愛いシェリーのために」でリリースされたものの売れず、1971年エピックに移籍し、「ジェリーに口づけ」として再発売されると、爆発的ヒットとなりました。

 ミッシェルポルナレフの代表曲にはもう一曲、日本でも大ヒットした「愛の休日(1972)」があります。
https://www.youtube.com/watch?v=hXG4Tcm2ZIU

#サイモン&ガーファンクル 「明日に架ける橋」 1970年

サイモン&ガーファンクルにとって3作目となる全米1位獲得シングルにして最大のヒット曲。
 ポール・サイモンがゴスペルの影響を受けて作られたものといわれていますが、リードボーカルを務めるアート・ガーファンクルの歌声によって、ゴスペルの枠にとらわれない永遠のポップスとなりました。
 意外にも、オリコン・シングルチャートの順位は、それほど高くなかったのですが、これは2月に発売されたアルバムが7週連続1位となったことでシングルよりもアルバムに人気が集まったのが原因と考えられています。この歴史的名曲は、その後も数多くのシンガーによってカバーされました。

#マッシュ・マッカーン 「霧の中の二人」 1970年

マッシュマッカーンは1969年に結成されたカナダのケベックで結成されたバンドです。

 この曲は全世界で100万枚を越すヒットになりましたが、そのうちの40万枚が日本で売れたのだそうです。(カナダ10万枚・アメリカ40万枚)。

#クリスティ 「イエローリバー」 1970年

クリスティはイギリスのロックバンド。この曲のタイトルにあるイエローリバーを黄河と間違っている方もおられますが、これは南北戦争で除隊になった兵士が故郷に帰れる喜びを歌ったものです。したがってアメリカのイエローリバーということになります。

 しかし、アメリカではイギリスや日本のように大ヒットにはなりませんでした。

#エルビスプレスリー 「この胸のときめきを」 1970年

この曲はイギリスの歌手ダスティ・スプリングフィールドが1966年に歌ってヒットしたものをエルビスがカバーしたものですが、原曲はイタリアのカンツォーネだそうです。
 
 1970年に公開された「エルビスオンステージ」の中で歌われた曲。日本では1971年公開のため、この曲が日本で大ヒットしたのは1971年ということになります。

#ヘドバとダビデ 「ナオミの夢」 1970年

ヘドバとダビデは1965年に結成されたイスラエルのデュオ。この曲は1970年の第1回東京国際歌謡音楽祭で発表されるや、またたくまに全世界でヒットしました。原曲はヘブライ語です。ナオミという名前は日本人女性の名前のようですがヘブライ語で、「幸せ」や「和み」を意味します。旧約聖書にも登場する欧米ではポピュラーな女性の名前です。
動画は原曲のものを紹介していますが、日本語のを聞きたい方のためにもうひとつURLをhttps://www.youtube.com/watch?v=EJJQwKxmsmg

#サイモン & ガーファンクル「コンドルは飛んでいく」 1970年

南米アンデス地方の伝統的音楽・フォルクローレを使ったこの曲はバックにロス・インカスの演奏をそのまま用いています。ただし、演奏会ではフルートなどが用いられたようです。
 この曲と、カップリングされた「フランクロイドライトに捧げる歌」はポール・サイモンとアート・ガーファンクルそれぞれが歌うパートはありますが、デュエットの部分はありません。
 日本のシングルチャートでは「明日に架ける橋」よりもよく売れました。

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